MENU

さすが本田△!日々の習慣や心構えを味方にしよう。(透明カラオケボックス)

目次

習慣を味方に付ける(本田△)

ブログ更新に期間が空いてしまった。

ふとしたことからやらなくなると、すぐに時間が経ってしまう。やらないでいると、それが当たり前に。

無理やり更新するつもりも、必要もないのだけど。

油断やスキがあるのか、言い訳にはなるが、やらなくなるのは実に簡単なこと。

ダイエットなんかもそうで、ちょっとした気の緩みとかから自制が効かなくなったりも。

日頃の習慣を意識して、人間の持つ潜在能力?、無意識的な行動を味方にしていこう。

↑本田圭佑さんの習慣に関する言葉

いきなり動画を持ってきてみましたが、さすが本田△(※)、私がグダグダ述べるより数段説得力がある。(当たり前)

※「本田さんかっこいい」→「本田さんかっけー」→「本田三角形」→「本田△」

プロサッカー選手自体が稀有な存在ではあるものの、動画内容は万事に通ずるような、多くの人が共感できるところだと思う。

いかに人間が欲に勝てないか、放っておいては、ぬるい環境下ではダメになるか、など考えさせられるところだ。

日々の地道な一歩、一日一日の積み重ねが、将来の大きな結果を呼び込むのだろうなあと思う。

私自身、目標に結びついていない日々を過ごしまくってきたから、反省しきりだ。

目先の利益に囚われる人間の性みたいなものも、うまく活用したいところ。

何より、最初は大したことがなくても、時間をかけて続けているととんでもないことにもなるな、とも。(リボ払いやローン金利のような感じで)

↑チャッピーで作成。よく見ると日本語ではない…。

さて、先回は趣味を見つけようという内容でした。

楽しみが限定的(ない?)でもあるため、贅沢なことでもあるが、少しでも有意義な時間を過ごし、質の高い人生を。(心の待避所探し?

私自身については、最近あまり行っていないものの、一人カラオケに行く習慣が以前あった。(声を出す機会が少ない、日頃あまりしゃべらない、突発性難聴になったことなどが影響)

趣味と言えば趣味なのだろうか。

かなり習慣化していて、「もういいよ」と思うくらい通っていた時期がある。歌わなくとも寝そべることもできるし、ドリンクバーもあるまあまあの快適空間だ。

こんなことしていて何になる?と思うこともしばしばだったが、外出先では何をするにも金がかかるから、変に飲みに行ったりするよりマシかなとも思う。(食べ物とか持ち込み可だし)

…最近、カラオケボックスに関してちょっとした出来事がありました。

透明カラオケボックス

今月半ばくらい、自宅徒歩圏に「透明カラオケボックス」という某番組の企画がやってきていた!

透明の輝いたカラオケボックスが、見慣れた街中に設置されていることに気付き、うおお!?と驚いた。こんな身近に全国放送のテレビ番組が!

透明カラオケボックスは、(採点機能で95点以上取れば)1万円がもらえるかもしれないこともあり、興味はあった。(人前に出る、95点というハードルはあるが)

透明のカラオケボックスの存在に気付き、企画を知ったのは夜8時くらい。(企画は事前に知らされず、ゲリラ的に開催されるらしい)

偶然見かけたにしろ、部屋にいては起こり得ないこと。バスの車内から見かけたので、最寄りの停車場で降りてみた。

↑こんな気持ちだったかな??

人だかりができていたので、とりあえず近づき、二人くらいが歌ったのを見ただろうか。正直、よく人前であんな恰好できるな、出る人はそれなりに歌が上手いな、などと思いつつ眺めていた。

透明カラオケボックスに関しては、U-NEXT(動画配信サービス)でも見たことがある。まさかこんな身近にチャンス(?)がやってくるとは。

まだ参加者を募集していたので気持ちが高まり、近くのローソンでトイレを借りたりしながら、出ようかどうしようか考えていた。

トイレで鏡を見たら髭も剃っていないし、服装も部屋着に近かった。日頃から、休みを怠惰に過ごしているせいだ。(しかし、チャンスは日常に転がっているものだ)

↑何故か日本語にならないが、絵のテイストはスキ。

そうこうしていたら最終希望者が名乗り出て、KingGnuさんの「白日」を歌い、95点を出していた。

…結局ただ眺めているだけで、あっけなく終了時間が来てしまっていた。

今になって考えると、透明カラオケボックスが近所に来ること自体があまりないから、逃した魚は大きい。(ようにも感じる)

…もし思い切って出ていたら、95点出ていたかな?などと空想しながら(95点は実際厳しい)、参加すらできなかった自分を責めていた。(歌の上手い人の「白日」をちょこっと聞いただけ)

気持ちはあっても、即反応する、行動する勇気はもち合わせていなかった笑。(よくあることだが)

二の足を踏んだというか、躊躇った自分に対して、何だか酷くネガティブな気持ちを抱いていた。

うまくいくいかないの前に、挑戦することすらしていない。

だいたいが、いつも外から眺めているばかりで、エキストラか、などと妙に自虐的な気持ちにもなった。

余談だが、自宅近くの県民会館で、YOASOBIさんのライブツアーが今年あった。奇跡的にリセールでチケットを取ることができた!(嬉しくて眠れなかったね)ある意味、それくらいレアな出来事。(価値は全然違うが)

挑戦なくして変化なし?

悩むに値する出来事でもないが、no pain,no gain、no challenge,no pointといった感じの教訓?を得た。

出ていたらどうなったか(劇的な変化はないだろう)はわからないが、少しは自分を変えるような出来事にもなり得たのでは、とか考えてしまった。損な性格なんだろう。

私自身、元々引っ込み思案で内向的。40代の半ばを過ぎた今でも、本質的には大きく変わらない感覚だ。

人前に立つ、人前で喋ることも含めて結構ハードルが高い。(ましてや透明カラオケボックスに自ら望んで参加するなど、ある意味「あたおか」だ)

ただ、そうした性質や性格であっても、行動自体を選ぶことはできる。やってみないと得られない感覚、出会えないような感情、みたいなものもあるだろう。(考え過ぎか)

いずれにしても、人目や失敗を気にするのは程々にして、自分を抑えず試行錯誤してみたいところ。

そもそも、考えたり反省を繰り返す、反芻すること自体、あまり意味はないのかも。(むしろマイナス)

この件い関しては、「出たい」と言えば出られるような状況にありながら、みすみす指を咥えて見ていた恰好だ。

傍観しているような場面、人生を今までかなり過ごしてきた自覚はある。

無理に変なことを試みる必要もないが、いくらなんでももうちょっと何かできただろう、あってよかったはずだ、といつも思う。

恋愛なんかでもきっとそうで、このまま何もない自分、人生で終わるのかな?という漠然とした不安も。

透明カラオケボックスがたまたま近所に来ていただけ、ですが笑。

死ぬときに後悔すること25

📘 気になった人はこちら Amazonで見る

📘 気になった人はこちら

Amazonで見る

さて、透明カラオケボックスから飛躍のある題名の書籍の紹介にはなるのですが、載せてみました。

突然、放り込むカタチになりますが、何事も後になってみないとわからないことも多いのだろうな、と。

後悔先に立たず、で。(極論ですが)

チャンスに尻込みしてきた、二の足を踏んできた経験は多く、その都度、何故もっと一歩二歩踏み込めないか、みたいな忸怩たる思いはしてきた。(もうお腹いっぱい)

もしあのときああしていれば、こうしていれば。

少なくとももう少し、一歩踏み出していたなら。思い切って気持ちをぶつけていたら、自分をもっと大事にしていたら、とか。

結果どうあれ、もっと違った気持ち、清々しくはなれたのではないか、と思うことは多々。

(たられば、はないんだよ)

今後、これからはそうならないよう、後悔しないように、といった思いを新たにしたような気がする。(透明カラオケボックスを機に)

そんなこんなで、内容と合致するかはわかりませんが、

最後にYOASOBIさんの「UNDEAD」。(ちょいちょい聞きたくなってしまうのは何故なんだろう)

「不幸に甘んじて満足するなよ」「生きていることを愚直に果たせよ」など響くフレーズも多い。

曲に合わせたダンスが流行り、いい大人がついつい何度も見てしまっていたが、不思議と頭に残る中毒性ある一曲。

「目指せハッピーエンド❣❣」

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

1978年生まれ。新潟市在住、独身、金融機関勤務。
ワンルームマンションでパステル三毛猫と暮らす普通のサラリーマン。
交通事故の後遺障害の治療中であるが、中年男性なりの日常生活の質の向上、世渡り、考え方など、くだらなくもホッコリできる話題を提供。
宅地建物取引士、ねこ検定取得予定。

コメント

コメントする

目次